2人が本棚に入れています
本棚に追加
3.逃げるわたし
「いいのかなぁ、つきあわせちゃって」
彼は振り向いてくれた。わたしは一生懸命に彼を追いかけた。
「いいんです。その……、この前のお礼もしたいですし」
彼はわたしの少し前を歩きながら、振り向き加減でわたしに話しかけてくれた。
「あー、あの時は、そうだね。逆に恥ずかしい思いさせちゃったかな」
覚えていてくれた。
それだけでわたしには十分だった。
二人にとって本当に一瞬の出会いだったけど、わたしには彼を忘れられない理由があった。
彼はわたしが高校生のときに憧れた先輩にそっくりだったのだ。
憧れて、恋をして、そして別れた先輩……。
でも、彼がわたしを覚えていてくれたなんて、それは軌跡のようなものだと、その時は思った。
「あー、そんなの、ぜんぜんいいんです。あのまま家の鏡を見るまで気付かなかったらと思うと……。あ、あのー、心当たりはあるんです。コーヒー、わたしはあまり詳しくはないんですけど、たぶんわかると思います。こっちです」
今にして思えば、まったく、一体全体すっかり舞い上がってしまって、まるで十代の夢見る少女のようだったと、顔を赤らめるばかり……。
最初のコメントを投稿しよう!