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雨が降っているのに、雨の匂いがしない。ここにきて、初めての雨の日に、そう思った。少しだけさみしくなる様な、しとしとと小さな雨粒の降る雨の日だったからか、余計に温かい店に入ろうと思った。 そうだ、その日にあの女と別れた。だからさみしくなった。いま思えば、惜しいことをした気もする。遠距離恋愛も悪くなかったかもしれないな。浮気したとしても、バレないだろう。 この街で生活するのは、楽しい。本当は寂しくとも、表面だけでも、温かい街だと思う。 109の脇を通って、文化村の方を歩く。毎日歩くこの道。 仕事もないのに、それでも仕事場に行くのは俺だけじゃない。それだけこの店はあたたかくて、居場所を作ってくれている。 空が重たそうに雲を落としている。そのまま落ち切って、渋谷の街ごと雲の中にしていまえばいいのに、そしたら雨も降らない。 自動ドアをくぐった瞬間に、香るコーヒー。活気だった店内。思わず、口角が上がる。 「あれ、ケン、今日シフト入ってた?」 「入ってない」 「また女にフられたか?」 「お前、雨の日に俺が店来ると絶対それ言うよな」 「いや、そりゃ、お前が初めてここ来た日のことだからさ?」
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