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 彼女の《行きたい場所》は、そんなに遠くはなかった。一本裏路地の突き当たりの角に位置する建物。そこに彼女は入っていった。  少し後ろを歩いていた私は、建物の前まで行くと立ち止まり、目を向け呆然とその場に立ち尽くした。 ――優子は……ここに来たかったのか?  怪訝な表情で建物を見つめること数秒。彼女を追うようにして建物へと足を踏み入れた。  中に入ると彼女が待っていた。何も言わない。ただ静かにこちらを向いている。  何も訊かなくてもわかっていた。彼女に向かって一回頷く。入れ替わるように今度は私が先導する格好となった。  エレベーターで上の階へと移動する。お互い言葉は発さない。短いはずのエレベーターでの時間は、沈黙による重たい空気のせいなのか、非常に永く感じるものだった。  エレベーターを降りると、目的の場所へと足早に向かった。  廊下をまっすぐ進み、突き当たりの右手に位置した部屋。恐らくそこが、彼女の行きたい場所だった。
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