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 真っ暗な部屋。視界に入ってくるのは暗闇だけ。変わった様子は特にない。少し躊躇いながらも、後ろを振り向き妻を見た。こちらに向けられている顔は、先程と変わらない穏やかな寝顔。 ――では、何が?  私は顔を戻し、もう一度暗闇に目を向けた。クローゼットの扉、小物入れ、電気スタンド、コードレスフォン。そして、化粧台。化粧台には背の高い大きな鏡が付いている。私はおもむろに、その鏡に目を向けた。  鏡は真っ暗な部屋を映し出し、ただ暗闇が鏡面いっぱいに広がっているだけだった。  しばらく鏡を見つめていると、雲の加減だろうか、真っ暗な部屋を月明かりがゆっくりと照らしてゆく。そのふんわり明るい光は、徐々に部屋全体に広がっていき、部屋の中央に置かれたベッドを照らしたとき、私は警戒音の《意味》を知った。 鏡に映し出されたのは――― 私の背に向け、恐ろしい形相で睨む妻の姿だった。
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