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「犀人です。真鶴犀人。真実の真に鳥の鶴、動物の犀に人です」
馬鹿丁寧な奴だ。だが折角だ、俺も倣ってやろう。
「俺は要恒平だ。重要の要に、恒久の恒、平らの平でな」
ガキ…いや、犀人は少し首を傾げている。少し難しかったか?とするとやはり恒か。しかし説明するのにも、難しい単語しか出て来ないんだから仕方無い。
だが、首を傾げたのは別にそんな理由では無かったらしい。犀人は訝しげな面で、ぽつりと呟いたのだ。
「要恒平…要…村正?」
少し驚いた。そんな世界には縁も無さそうだってのに、よく知ってたもんだ。
「傭兵としては、よくそう呼ばれるな。絶剣、剣聖、死神、要村正…だそうだ。しかし、何で知ってる?」
犀人は肯定に驚いてか、目を丸くした。だが直ぐにそれは安堵混じりの、しかし何処か暗い色に変わる。
「俺、本とか読み物が好きなんです。おじさんがよく街で買って来てた瓦番に、貴方の事が載っていたのを覚えてます。うん、でも良かった…貴方に付いていけば、間違いは無いですよね。俺は、あいつを殺せますよね」
余りにも真っ直ぐな物言いと暗く闇に満ちた目に、俺は思わず絶句するしか無い。多分、変な顔をしていた筈だ。
子供らしさの中に混じる、この闇。この世の地獄を見知ったが故なのか、生来の質なのか、刻まれた右腕の刺青の影響なのか、あるいは…血筋なのか。
どれにしろ、本当にどうしようも無く不運な奴だ。どのせいであっても、こいつには何の利も無い。一般人には特に縁の無い、縁の有る必要性も無い、残虐で残酷でどうしようも無い世界に、するりと入り込める…いや、押し込まれてしまう…それだけだ。
それは恐ろしく不幸な事だと、俺は思っている。一度でもそちら側へ行ってしまえば、ごく普通の幸せと言うやつを決して得られなくなるからだ。
少なくとも俺の周りには、どうしようも無い連中しか居なかった。当然、俺自身を含めて…だ。
暗鬱な世界を抜け出して小さな幸せを得ようともがいても、自ら築いて来た業がそれを許さない。結局はまた、戻ってしまう。戻されてしまう。時には、残酷で残虐な最低最悪の結果すらも伴って。
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