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「さて、腹が減ったな。今日のおかずは何だ?」
「これからは質素な食事にするつもりよ。今夜はインスタントラーメンの上に野菜炒めを乗せるわ」
「そうだな、ちょうど健康診断で少し痩せたほうがいいと注意されたばかりだ。肉は極力食べないようにするか」
栄子はエプロンをかけ、キッチンに行った。その後ろ姿を見て俊夫は少しばかり気落ちした。俺が会社をクビになるなんて。結構業績も良かったし給料だってたまに旅行に行けるくらいの額はもらっていた。栄子に愛想を尽かされなくて良かった。無職、独身なんて惨めだしな。
「あなた、夕食出来たわよ。頂きましょう」
「ああ」
二人でラーメンを食べていると麺をすする音だけがして妙な気がした。そっと栄子を見るともう食べ終わってほおづえをついている。視線は外を見ているようにも見えるしどこも見ていないようにも見えた。早く依頼が来ないと栄子に頭が上がらない。俊夫もラーメンのつゆを全部飲み干して言った。
「ごちそうさま、美味かったよ」
「どういたしまして、お粗末さま」
やはり機嫌が悪い。仕事用に買った携帯電話を見つめ念を送った。どうか、鳴りますように。時計を見ると午後七時半だった。こんな時間に依頼が来るのかどうかは俊夫にも分からなかった。何しろ初めての仕事なのだから。まあ、電話帳を見てかけてくる人がいないと決まったわけではない。今夜は早めに寝てどんな大変な仕事の依頼が来てもいいように体を休めておこう。栄子はテレビを見ている。と言ってもそんなに楽しそうでもない。ニュース番組を流しているテレビを気の抜けた顔で見つめている。栄子は近所のスーパーでパートをしている。明日は出ることになっている。俺にも仕事が来るといいんだけど。携帯電話には念は通じないらしい。俊夫の家はマンションだった。子供は作らないことにしていた。特に理由はないが強いて言えば子供があまり好きではないことが理由か。栄子も俊夫と同じ考えだった。親に孫の顔を見せてやりたいといった気持ちはさらさらなかった。俊夫はもうずっと実家に帰ってない。栄子は両親がいない。それぞれの事情を抱えて一緒になった。詳しいことは訊かないというのが二人のルールだった。
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