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「死神? 本気で言っているの?」
「ええ、真面目な話よ。ここは審判の部屋と言われる、あなたの魂の行き先を左右する特別な空間。つまり、あなたは死んだの」
悪い冗談を言うもんだ。僕が死んだ?
そんな筈は無い。だって僕は…………
あれ? おかしいな。昨日のことが思い出せない。ここに来る直前の記憶がない。
落ち着け。それなら分かることから順序立てて思い返せばいいんだ。
そう、焦らずに、焦らずに。
「無駄よ。あなたの生前の記憶は消滅しているから。逆立ちしたって、今のあなたには自分の名前すら思い出せない」
僕の様子を見て、死神と名乗る彼女はそう言った。
信じたくない。信じたくない……けど、彼女の言う通りだ。
名前だけじゃない。親の顔も、生まれた場所も、何もかも僕は忘却してしまっていた。
そのことを実感した瞬間、彼女の話の信憑性は格段に跳ね上がる。
「僕はどうして死んだの?」
気になって尋ねると、彼女はカンバスを見たまま話した。
「それを知ってどうするつもり? 事実を伝えても、二度と生前の世界に行く事のないあなたには無縁な話でしょ。どうして人がそれ程までに生きていた世界のことに執着心を持つのか、私は理解しがたい。問題なのは、その人の魂の純白さなのに」
彼女はそう言い終えると、溜息を吐いて軽く背伸びをする。
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