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そう言って、彼女は黒ずんだ指で掴んでいた木炭を床に置いて絵を描くのを止めてしまう。遂に絵が完成したのだろうか。
「描き終えたの?」
彼女は首を横に振って席を立った。
「いいえ。何だか、あなたの絵はとても描きにくい」
僕の周りを歩きながらジロジロとこちらを見詰めて、それから人形のように大きく首を傾げる。その行動が、僕には少しだけ可愛らしく思えた。
「あ、ゴメン。僕ってそんなモデルになるような良い人間じゃないから」
「そうじゃない。私が言っているのは、外見ではなく内面の話。あなた、どうしてそんな輝いた瞳をしているの? ここに来た人は皆、記憶を抜かれて生気のない瞳なのに、あなたの瞳は特別。なぜ?」
機械のような大きい無気力の目が真っ直ぐと僕を捉える。その迫力に、思わず身を後ろに引いてしまった。
「今の状況さえ理解出来ていない僕が、その質問に答えられると思う?」
「思わない」
「じゃあ、その理由は誰にも分からないんじゃないかな」
「なるほど。けど、私は納得いかない。もしかして、まだ完全に記憶を消去出来ていないのかも。ねぇ、もう一度あなたの記憶を頑張って思い出してくれない?」
僕は暫く黙っていたが、特に無茶な頼みでもないので承諾した。
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