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目を閉じ、その瞼の裏に必死に何かを映し出そうとする。しかし、何度やってみても現れるのはただの闇ばかり。
「うーん……やっぱり何も思い出せないや」
「諦めないで。頭の中を探すんじゃなくて、心の中にある感触を思い出すようにイメージして、もう一度」
余程そのことに興味があるのか、彼女の言葉が少し強くなる。
心の中か。よし、もう一回だけやってみようか。
全ての神経を体内に廻らせ、胸の辺りに集中させる。呼吸、脈、体内の細胞の動きさえもコントロールするごとく身体の中を読み取る作業。
すると、瞼の裏に初めて何かが現れた。
それは、僕と同じ年頃の女の子が笑顔でこちらに話し掛けている光景。その女の子の名前は思い出せず、更には写る情景はセピア調子で声も聞こえない。
けれど、僕はその女の子を見て胸の内が熱くなっていくのを確かに感じた。
懐かしい。愛おしい。そんな感情が僕を優しく包んでいく。
どこかの畦道を嬉しそうに子供のように駆ける女の子は、振り返って口を開いた。
ずっと一緒だよ。
声は聞こえなかったが、その口の動きとどこか見た事のあるシチュエーションのおかげで、僕は女の子がそう言っていたのだと確信した。
そうだ、僕はこの女の子と一緒にいた。
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