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名前も声も思い出せないが、一つだけはっきりと思い返せたことがある。
「どう? 何か思い出せた?」
死神の声と同時に、僕はゆっくりと目を開いて肯いた。
「女の子が出て来た」
「女の子?」
「その子の名前も声の感じも分からないままだけど、その子と約束したことがあるのははっきりと思い出せた。僕は、その女の子を絶対に守り抜くって……確かにそう約束したんだ」
俯き気味にそう話すと、彼女は意味深に深く肯く。
「やっぱり……あなたの記憶は完全に消去されていなかったのね。その女の子との約束への執着心の強さが、あなたをまだ生の世界へと結び付けている」
「けど、いくら思い出せたって何も意味はないだろ。どうせ僕は死んでいるんだから、もうあっちの世界は関係ない。君だってそう言っていたでしょ」
「ええ。でも私の力があれば、幾らかの代償と共に生の世界へあなたの魂を送り返すことは出来るわ」
その言葉に、僕は思わず彼女の顔を見上げた。
「……本気で言っているの?」
「私は死神。その気になれば、人の魂を一つや二つ操作するのは容易い。だから、あなたがもし本気で生き返りたいと望むのなら、それを叶えてあげる」
急に優しくなった死神に対して不信感を抱き、僕は訊いた。
「どうして僕なんかに優しくするの? 何もせずに魂を冥界にでも送りつければいいじゃないか」
すると、彼女は寂しげな表情で闇の広がる上空を仰いだ。
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