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「付いてってやろう。…足抜けでもされたら、面倒だしな」
「え……、あっ、いや、そんな、大丈夫だよ。足抜けなんて考えてないし、今帰りでしょ? 早く床に就いた方が…」
「心配はいらん、仕事の内だ」
「でもっ、……」
説得のしようがない。
ううん、朔太郎相手だから調子が狂って説得出来ないの。
これでも、口は達者な方だし頭のキレだって良い方だ。
自分で言うのも何だけど…。
だけど、朔太郎にはいつも言いくるめられる。
どうしてだろ?
「何だ?」
「いえ、何も…」
つい考えにふけっていたら、本来の目的を忘れてしまっていた。
どうせ、存在感を感じさせない朔太郎なら居ても居ないようなもの。
そう結論づけて、足を前へと進ませる。
散歩と言っても、行く先は決まっていた。
吉原の中に存在する神社。
その場所は、何もかも忘れさせてくれて一番気が和らぐところ。
低い鳥居をくぐれば、一本の桜の木がそびえ立っていて、気を利かした朔太郎は離れた所で建物に体を預けて目を閉じている。
意外にも、ちゃんとした所はあるのだと関心しながら、もうすぐ訪れる春に心を弾ませる。
もう何年も咲くことが無いこの桜の木は、今年咲かなければ伐られてしまう。
誰もが寿命だと悟るが、私は何故かどうしても咲いて欲しいと願ってしまう。
その願いは日に日に強くなっていって、それと共にある話を思い出す。
そのある話は昔、私が禿であった時に姐さんに教えてもらった話の事。
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