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『この桜は、もう千年も咲いてんだよ』
『千年…?』
『あぁ。この吉原ができるよりも前。この世が平安と呼ばれた折の話。この日ノ本を創った神が、天へお戻りになる時、一人の女にこの桜の前で決して切れない約束を交わした。何だかわかる、於苗?』
その問いに、小さい私は首を横に振った。
そうすると、姐さんは妖艶な笑みを浮かべて桜に視線を向けた。
『その約束は、この桜が咲かなくなる頃に…』
「“迎えに来る”」
その話が本当ならば、丁度今の事。
姐さんが言っていた桜は今、まさに咲かなくなろうとしている。
でも、どうせ御伽噺好きの姐さんだったから作り話である可能性がある。
それで何度騙されたかわかったものじゃない…。
そんな思い出に笑みを零した私は、主人が起きる前に早く帰らないと、と踵を返した。
すると、いつの間にそこに居たのか、こちらをじっと見つめる男と目があった。
その事に職業柄にこりと笑い、歩き出そうと一礼して鳥居を潜ろうとしたその時、男が「やえぎ」と、聞き覚えのある言葉を私の背に向かって言った。
その姐さんの話に出てくる男と女の名は“矢國之尊(やくにのみこと)”と“八重伎”。
その事に驚き私は咄嗟に振り返り、その名を言った男を確認しようとした。
でも、そこには居たはずの男はいなくて、風が吹いているだけだった。
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