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帰ってきてからは何もする気がなくて、と言うより桜の下で見た男の人が気になって上の空になっていた。
お客の一人だとは思うけど“八重伎”と言っていたのが引っかかって一体誰なのか気になっていた。
姐さんが作った御伽噺の人物の名を知っていたのは偶然なのか、はたまた必然なのか…。
それを、どれほど考えても知っている当の本人はもうこの吉原にはいない。
ただ、一人だけ心当たりはある。
自分と一緒に禿時代を過ごした薄葉。
気になったらじっとしていられなくて、薄葉の元に行こうと腰を上げて襖を開いた。
そうしたら、襖に耳を寄せている薄葉がそこにいた。
その様子に怪訝な表情を浮かべ「何をしてるの?」と、聞くと薄葉は視線を反らした。
「えっ、いやぁ。あはは」
耳と襖の仲介をしていた手を後ろに隠しながら、言い訳をしようと思っているんだろうけど、それが思いつかなくて笑うしかしない薄葉に呆れて溜め息を一つ吐いた。
すると、その事にいち早く反応して
「溜め息なんかしちゃ駄目!! 幸せが遠のくんだから」
と、誰のおかげでと問い詰めたくなったけど、それをグッと抑えた。
幾ら言おうが、中身が子供の薄葉には通じやしない。
それよりも、話たい事は他にある。
「ねぇ、確認したいことがあるんだけどいい?」
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