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引き攣り笑いをしながら、頼まれていた羅針盤を目の前に差出す。
「バッカヤロウ! 何時だと思ってやがる!!」
「すいません……」
「……ったく。もういい!」
踵を返し、一人その場を後にした長老。
その背にため息を送り、僕は空を見上げた。
高々と世界を照らす蒼い月と紅い月。
悲しみと怒りをそれぞれ表した様な月は、印象と違い穏やかな月光を放つ。
……今日も綺麗だな。
少しだけ癒された心。
それに後押しされ、村で一番大きな長老の屋敷へ歩き出す。
”月光虫”が尾尻を淡く点滅させ、僕の足元を柔らかに照らしている。
街灯にしては心許無いが、他に灯りの無いこの村では充分だ。
次第に暑くなり始めた世界を、未だ寒さの名残を見せる風が優しく吹き抜ける。
伴って、灰色をした僕の髪も、弄ばれる様に前へ流された。
風は今日も心地が良い。
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