†悲†

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  バサリ―と、 漆黒の翼が聖域の夜空を舞う。 聖殿の障壁近くを滑空し、 音もなく、 旋回を幾つか繰り返すと、 不意の慌ただしさを告げる 羽音を響かせ 聖殿の障壁から差し出された 細い白磁の腕に降り立つ黒鳥。 漆黒の美しい濡れ羽色の躰に 墨を流したように長い尾。 石榴石のような深紅の瞳。 禍々しさよりも 先ずは、 妖しい美しさを感じてしまう 魔性の鳥。 その姿を 自らの腕を止まり木にし 静かに見詰める白月の瞳。 唐突な夜風に流れる 美しく長い銀月の髪。 居住棟に張り巡らされた 出られる筈のない 聖主の結界を抜け、 聖殿の障壁を一部、通り抜け、 心が壊れ何の反応もなく 感情が消え、 自ら動く意思さえも 喪われている クロアの部屋に居る筈の ロアの姿。 昼間、セキルが案内した 障壁の境界線の場所で ロアは黒鳥と暫く見詰め合い、 不意に風に喚ばれたように 黒鳥は聖殿の障壁から出された 白磁の腕から飛び立つ。 その軌跡を白月の瞳が 眼差しで追うと、 智慮と愛惜に満ちた 淡く柔らかな微笑みが浮び、 「そこに…いらっしゃるのですね…兄君」 薄紅の唇から零れる言葉。  
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