†悲†

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  静かで、優しい、 その光景に重なる、 セキルの成人前の記憶。 ロアとクロアの 忘れられない光景の思い出が セキルにはあった。 それは― セキルがまだ成人していない 14の歳。 神殿の奥離宮に留まっている 兄、ロアの元を訪れる許可が 父、聖主から下りたばかりの頃。 公務が休みの兄の元を 訪れる途中での光景。 早く兄に会いたくて 近道をしようと 神殿の庭園から繋がる 離宮の庭園を抜けていたセキル。 樹木と灌木を挟み目に留まった 聖司官専用室の庭先。 そこに出ていた兄とクロア。 そのまま、何も考えずに 声を掛けようとした時、 クロアが兄の頬に一瞬だけ触れ、 その瞬間、 冷たい無表情だった兄に 淡い小さな微笑みが浮かんだ。 成人直後からは、 笑わなくなっていた兄。 自分の前だけでは 明るい笑顔を 浮かべてくれていたけれど、 それは、 変わってしまった自分の姿に 衝撃を受け、 余計な心配などをかけまいと 成人前の姿を 演じてくれていただけで、 本来の兄は 何事にも無関心で、 冷たく、冷淡に 淡々とした無表情で 一切、笑わなくなっていた。  
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