†祷†

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  「セキル…、」 「兄上はクロアと婚約するんですかねぇ」 「…………………………」 父の言葉を唐突に遮り、 眠る兄の左耳のイヤカフを 指摘して、 「ね、父上」 天然なのか、違うのか、 成人前の明るい口調と どこか昔のロアに似た 朗らかな笑顔で、 婚姻に於いての知識だけは 何も教えず、 婚約を交わす許可だけ、 兄に与えている父に セキルは訊ねる。 「…………………………」 「父上?」 何も応えない父に 不思議そうに問い掛ける セキルへ、 「交わす時がくれば、報せるだろう」 具体的な内容を示す 明言を避け応える父。 「………………………」 一見、普段と変わらない 父の態度を見詰め、 無言の果てに、 『クロアって…父上で苦労しそう…』 内心で本音をぽつりと セキルは呟く。 そして、 新たに浮上した 兄の婚約と云う問題で 心中穏やかではないであろう 無言の父と、 今は疲れ果て、 セキルの傍らで熟睡している兄、 多分、きっと、 いつかの未来に義兄になるかも 知れない、 兄の側近、改め、 兄の恋人の苦労を思い、 「家族水入らずですねぇ」 とりあえず、今は、 嵐が過ぎ去った後の爽やかな 幸せを満たす心地で セキルはのんびりと 未来の家族の姿を祈り呟いた。  
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