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「あなた! 血が出てますよ!?」
ベビーカーを押した若い母親に声をかけられて、彼は左手を軽く上げた。
年は、十代後半からせいぜい二十代ぐらいか。
少年の面影を残した、成人して間もない青年らしく、線が細い。
整った顔の持ち主にぴったりな自分の白い手首から、確かに。
尋常ではないほどの大量の血液が、ぼたぼたと流れているのを見て、彼は笑った。
「ああ、コレ?
俺、今、自殺の最中なんですが。
死ぬ前に一度、会いたい人を見つけたので、ここまで歩いて来たんです」
「自殺の最中ですって!?」
その、現実離れした返答と、かすれ気味でもなお。
キレイな声に、母親は、ぼうっとなりかけ、慌てて首を振る。
今、自殺の真っ最中だなんて!
……冗談にもほどがある、というものだった。
季節は、夏。
彼らが出会った、緑園都市の外れでは、蝉(せみ)が一斉に鳴いていた。
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