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扉を開ければ、柔らかな春の陽射しと爽やかな風。
……けれど荊棘は、それらに全くもって相応しくない陰鬱とした表情をしていた。
はあ、と小さな溜息と共に、開かれた扉の向こう――屋上へと足を踏み出す。
春の穏やかな陽射しを浴びながら進み、外縁の柵まで辿り着くと、其処でもう一度溜息をついた。
自分が随分と疲労しているのが解る。が、それは肉体的な話ではなく精神的なもので。
つまりは、気疲れ、というものだった。
「なんなんだ、一体……」
小さくて低い声は、どこか憮然とした色をしている。
陸軍士官学校に入学して少し。勉学においても実戦訓練においても、荊棘にとっては苦はなかった。
他に比べても、優劣で言うなら優の方であったし、日々は充実している。
なのに何故こうも疲れるのか――その理由をしかし、荊棘は理解している。そしてだからこそ、……腑に落ちない。
「庶民と話が合わないことがこうも疲れるものだとは……」
またしても呟きと共に、溜息。
そう。荊棘は周囲と話が合わない。
元来の生まれ育ちがやや特殊である為か、他の生徒と全く話が合わないのだ。
ただ――
「いや、別に庶民と話が合わないからなんだと言うのだ。別に友人などと言うものは必要ないのだし、煩わされることがなくて良いじゃないか」
ぶつぶつと、まるで自分に言い聞かせるかのような言葉は、まさに自分に言い聞かせているのである。
それはつまり、そうでもしないと納得がいかないというもので、簡単に言えば、自分に言い訳をしているのだ。
……確かに、荊棘と他の生徒とは生まれ育った環境が違うせいで、価値観に違いがある。けれど、それが全ての原因ではない。
荊棘が気付けば孤立している形になってしまっているのは、半分以上が荊棘自身の口下手の所為である。
そうして――実は荊棘は、そのことを薄々理解してもいる。
話をしていて何故か相手を怒らせてしまう結果になっている原因。と言うか、大抵の人間が会話中に怒り出してしまうので、いくらなんでも悟らざるを得なかったというだけだ。
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