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その理由が荊棘には本当に解らなかったし、後から考えても不可解の極みであったのだが。
多分、……多分、菊に凭れられている背中が、とても温かかったから、だろうと思う。
季節は春で、穏やかな陽射しが降り注いでいて、寒いなんてことも決してなかったのに。
それなのに、背中の温もりがひどく、ひどく、……離れ難いものだと。
屋上で。柔らかな春の陽射しと爽やかな風。手の中には気持ち良さそうに寛いでいる仔猫。背中に温もり。
温もりの主は手の中の仔猫に負けない程に寛いで、寛ぎきって、荊棘に凭れたまま再び眠りについている。
すぐ間近、聞こえてくる穏やかな寝息に、荊棘は小さく小さく嘆息した。
その動きは、背中に凭れる相手を起こさないようにとごく小さなもの。
……そんな気遣いが果たして必要かとも思いはするが、荊棘は自然にそうしていた。そうして、そんなことをしてしまっている自分に、内心で肩を落とした。
背中が温かい。……と同時に、何故かとても、……胸が温かい。
そんな感覚は生まれて初めてのことで、これが一体なんなのか、というのは荊棘にはまるで解らない。
どうしてこんなに胸が温かいのか。
それなのに、どうしてこんなに、……胸がいたいのか。
理由は解らない。……けれども、原因は解っている。
その原因は荊棘の背に凭れている人物に違いなく、そしてそんな風に菊のことを考えると、……胸が温かくなって、胸がいたくなる。
「……なんなんだ、一体……」
先刻、屋上に来た時にも発した言葉。
全く同じ言葉のそれは、だが先刻とはまるで違う意味合いになってしまった。
ふ、と小さく吐息を漏らせば、手の中の仔猫と背中の菊が同時に身動ぎする。
そのことに僅か緊張しつつも、苦笑に似た気持ちが湧き上がってきてしまい、度し難い、と思った。
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