テルミドールの憂鬱

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 そろそろだな。ぼくは呟く。  十二時三十分。  銃声が、そっけない乾いた響きを残して散発する。どうやら、やり遂げたらしい。  ぼくは席を立つ。身体の具合を考えるとなかなか億劫な作業だが、こうしてはいられない。  何人目かのぼくとぼくが、そうすべき仕事を成し遂げたのだ。ぼくもぼくとして、ぼくの為すべきことを完結させなければ。  ぼくは歩く。ぼくの右手には銃がある。  この銃はぼくのものだ。窓から見える景色の感動も、外から響く乾いた銃声の情動も、具合の悪い膝の裏筋の痛みだって、ぼくのものだ。  だからぼくは歩く。前進しよう。究極的に、自分を自分と認められなくとも、いまは良い。  それはきっと、ぼくではなくきみの、きみ達の裁量する領分なのだろうから。その結果、きみ達がぼくをどう扱おうが、そんなことは知ったことじゃあない。  きみ達がぼくを扱う、その現象こそが大事なんだ。ぼくはここに、あそこに居て、きみ達はそれを切実に実証してくれる。そうしてやっと、ぼくはぼくである確証を得られる。  ああ、そうだ。最後に、ぼくの名前を教えておかなくてはね。これだけ念入りにお願いしているのに、ナナシノゴンベーじゃ、締まりが無いから。  ぼくの名前は、オズワルド。もう何人かいるぼく達も皆、同じ名前だから安心して。  リー・ハーヴェイ・オズワルド――その名前が、深く強く、きみ達の胸に残ることを、ぼく達は切に、願っている。
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