―押せ―

5/113
前へ
/688ページ
次へ
『失礼します』と、一応、礼儀正しく頭を下げながら中へと入ると、太一の身体に緊張が走った。 業務用のデスクが一つ置かれ、その前にはガラステーブルを挟む形で、ソファーが向かい合わせに設置されている。 実際に見たことはないが、まるでどこかの社長室のようだ。 だが、身体を強張らせたのは、そんな部屋に入ったからではない。 目の前に立つ男と目があったとき、蛇に睨まれた蛙のように、動けなくなったのである。 太めのストライプが入った黒いスーツに、少し長めの髪をすべて後ろに流したヘアスタイル。 ただでさえ、威圧的な格好なのに加えて、ややつり上がったキツネ目に睨まれれば、嫌でも緊張してしまう。 「ようこそ黒野派遣事務所へ」 そう言って、男はキツネ目を細めて口角をつり上げた。 .
/688ページ

最初のコメントを投稿しよう!

26679人が本棚に入れています
本棚に追加