手のひらの女神

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 冷え冷えとした天空の気配を、アベルは時間をかけてゆっくりと吸った。  まぶたを閉じた暗闇の中、耳から伝わるのは、地上では姿を消した鳥たちのさえずりや、古木の葉がこすれ合う音。  肌をなでていく風は、よく肥えた大地の匂いがした。  その中に、わずかに酸化した機械油の臭いが含まれていることに気付いて、高めていた集中力をいささか乱される。  それでもアベルは落ち着いてその臭いから生じた雑念を振り払い、精神を持ち直した。  胸に最大まで息を満たし、呼吸を止める。  合わせた両手は、次第にあたかな熱を帯びていった。  大きく小さく、次第に波うちながら膨張していく力を手の内で操りながら、頭の中でイメージを練り上げていく。  一歩間違えば爆発しかねないほどの膨大なエネルギーが暴走しないよう、制する手にもぐっと力が入った。  胸に満たしていた息を細く長く吐き出しつつ、エネルギーの波が最高潮に達する瞬間を慎重に探る。  ぴんと張りつめた空気の中、狙う最高点の気配をとらえたアベルの眉が、ぴくんとはねあがった。  狙いをつけたタイミングを見計らい、アベルは丹念に練り上げたイメージを、波の中へ一気に叩き込んだ。  まばゆい閃光が、庭園を瞬時に全て青白く塗り替える。  閉じたまぶたの内側で強い光が収まったのを感じとると、アベルはゆっくりと目を開いた。  アベルの足元に、土に描かれた小さな錬成陣が残光を散らしている。  その錬成陣の中心には、一体の白い彫像があった。 「うーん、やっぱり途中で集中が途切れたせいかな。今日の出来は、いまいちだ」  アベルは軽く肩を落とし、両手で人の赤子ほどの大きさがある白い彫像を取り上げた。  彫像は両手を組み、天に祈りを捧げる少女の姿を象っている。うっすらと開かれた瞳が、少女の深い憂いを感じさせた。  アベルは自分が錬成した彫像を上から下から、あらゆる角度からつぶさに観察したあと、その彫像を近くにあった水盤の中央にすえた。  庭園には草木にまぎれて、こうしてアベルの手によって錬成された白い彫像がそこかしこに置かれていた。  動物、植物、魔物、獣人、人間――ありとあらゆる種類の彫像がある。  ひとりの少女の彫像は、その中でも群を抜いて多いモチーフだった。
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