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「ごめんね、ニナ。今日の僕の心は汚れていていて、君の声をありのままに受け取ることができなかったみたいだ」
アベルは伝説上の聖女にまるで友人のように優しく語りかけ、木々の重なる枝の合間に見える真っ青な天を仰いだ。
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庭園の下を縦横に走る地下道。地下道をたどり、頭上では庭の中央部にあたる位置に向かうと、ぴったりと閉ざされた扉に行く手を阻まれる。
重い石造りの大きな扉を、押し開く。すると、床から天井まで大小さまざまな歯車がびっしりと埋め込まれた壁が目にとびこんできた。
中央の歯車は特に大きく、まるでこちらを見下ろすよう。
動きを止めて静かにそびえるその巨大歯車の前で、アベルは手にしたカンテラを脇に置き、一人向き合った。
レンガほどの大きさがある歯のひとつひとつに手を触れ、じっくりと観察する。
何個か調べたところで、アベルはやっと一部が欠けてしまった歯を見つけた。
くたびれたズボンのポケットに手をつっこみ、取り出されたのは、歯車を構成しているのと同じ石。アベルはそれを、右手で欠けた部分に重ね合わせた。
すっと深く息を吸い、腹に力を込める。すると歯に当てがったアベル手のひらの下で、パチッと小さな火花が散った。アベルがそっと手をどけると、欠けていた歯車はすっかり元の形を取り戻していた。
「これでよし、と」
錬成陣も描かずにあっさりと錬金術を成功させたにも関わらず、アベルは特に大したことをした素振りもみせずに、人さし指で再構成した歯をなぞった。
修復部分に傷やゆがみが残っていないことを確認すると、歯車の軸に新しい油を注し、部屋の右手に向かう。
そして、歯車の壁の脇に取り付けられている太いレバーを、ゆっくりと押し下げた。
ゴ、ゴ、と低い音を立て、巨大な歯車が再び回り出す。
完璧な修復と新しい油のお陰で、動きは修理前よりぐんとスムーズになった。
歯車がきちんと動作することを確認すると、アベルは押し下げた太いレバーのすぐ隣にある補助発動機のレバーを引き上げ、庭園の動力を完全に主駆動機に移行させた。
庭園の心臓部で、クリスタルのエネルギーが臨界に近付いていくのがわかる。
庭園の浮力が増すのを感じて、アベルはようやく一息ついた。
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