感謝

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ついにベッドから起き上がれなくなり、口から栄養が取れなくなった。 考える事は彼女の今後。 少しは自分の事も考えてと怒られそうだが、俺は君の事を考えているのが一番好きな時間なんだ。 ただ、神様がいるのなら、最後に一度だけでいいから君と話したいと伝えたい。 俺の人生の最後にちょっとだけ奇跡が起きたら、最高の人生になる気がする。 ある時けたたましい電子音と病室をかける足音が聞こえた。 ぼんやりとそんな音を聞きながら、静かにしてくれと考えていた。 今彼女の声が聞こえた気がしたんだ。 静かに… 一瞬の静寂が訪れた。 さっきまでの騒々しさはない。 薄目を開けると医者や看護師が目を見開き驚いた表情をしている。 視線の先には、恐らく彼女。 彼女になにかあったのか? もうそちらを向く力さえない。 そんな俺にふっと風が頬を伝う。 どこかで嗅いだ事のある匂い、太陽のような匂い。 そうだ、彼女もこんな風に太陽の匂いがした。 目を開けた時、夢だと思った。 今までなにか悪い夢でも見ていたのか。 そこには、どんなに望んでも叶わなかった彼女の笑顔があった。 俺は夢を見ていて、彼女が起こしてくれたんだ、そう思える程自然に彼女は見えた。 彼女はゆっくり俺の顔を撫で抱きしめてくれた。 耳元で彼女がありがとう、と呟く。 それ以上言葉が続かず後は涙が流れるばかり。 俺は震える手で彼女を抱きしめた。 彼女は人差し指を見て、私達やっと結婚出来たんだねと微笑んだ。 今までの人生はこの瞬間の為にあったのだろう。 人生の終焉に人生最高の贈り物があった。 言いたい事話したい事山ほどあったのに、今は言葉にならない声と、ありがとうしか出てこない。 ゆっくりと目を閉じようとする俺に彼女が口付けをした。 時間が流れ込んでくるような感覚があった。 薄れる意識の中、彼女は俺の腕を枕変わりに同じベッドに横になった。 二人の呼吸が重なる。 そしてゆっくり息を吐き、二度と吸う事は無かった。 俺と彼女は最期の会話を交わしていた。 ――ありがとう。
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