-1日目-

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 瀬川香はちょうどその日の授業を終えたばかりでまだ講義室にいた。携帯に着信した珍しい名前に一瞬驚くが、すぐに通話ボタンを押して出る。 「どうしたの、珍しいね」 『ああ香。今大丈夫?』 「うん」  器用に肩と顎で携帯を挟み、香はテキストやノートを鞄にしまう。 『香には、変なメール来てない?』 「…………」  香に向けてひらひらと手で別れを告げる友人達に向けて手を振り返す。その指先が不自然に止まった。 「……お姉ちゃんにも来てたの?」  声が低くなった。もう友人の姿は視界には入って来ない。香は、さっき机の下で盗み見たばかりの不気味な携帯メールを思い出していた。 『……香にも来てるんだ……』  姉の声色は明らかに不安そうだった。  迷惑メールには実害はないとはいえ、本名や職業を名指しされて送りつけられるということは、少なくとも顔見知りの仕業だろうと香は思っていた。わざわざ怪しげなメールを送りつけて来るなんて陰湿なやり方をしそうな知り合いに心当たりはないのだが。  ただ。姉と自分が並んでいるということは、それだけでもう心当たりはだいぶ絞られる。大学生と主婦という立場に分かれてしまってからは、交友関係もまるで別物になっている。2人に共通した知り合いは、そう多くない。  何にせよ目的は判らない。いや、知りたくもないけど。 『佐野大さんって人は知り合い?』  同じ大学名で挙げられている、リストのトップにいた男性名。 「ううん、知らない。でもうち単科大だし、同じ学年みたいだから、もし実在するならちょっと聞き回れば探せなくはないと思うけど……」 『確かめてみない? これ、私たち姉妹だけのことなのかどうか』 「うん。それはいいけど。お姉ちゃんの方は、心当たりある名前ある?」 『……高山さんってお宅が近所にあった気はするけど、下の名前まで知らないし、ちょっと確かめてみる』  変なことになっている。でも、自分たち姉妹に恨みを持つ誰かの嫌がらせなら、自分たちの近辺の人間関係を何かの形で洗っている可能性もあるんだろうか。  でも何のために?  どうしてこんなに不安なんだろう。その意味も判らないまま、香は少しだけ深入りすることに決めて姉との電話を終わらせる。
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