狂宴ノ始メ

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■■ 星が、弱々しく輝いている。 建ち並ぶ木製のバラックは、ほとんど倒壊寸前にも思えるもので、少し先の区域と比べれば人の住む場所とはとても思えない。 阿片の影響だろう。 虚ろな瞳を空に向ける男が、そこらじゅうの道端に倒れている。 竜胆は覆面の下で表情を曇らせ、踏みかけた人間の死体を避けるように歩いた。 尾行は三人。 いずれも英語を喋っていたが、その訛りはイギリス人には無いものだった。 この貧民街の路地を使い撒いたはずだが、まとわりつくような気配はまだ消えていない。 足を速めながら、竜胆は懐に手を忍ばせた。 男三人を相手にしても敗けるとは思っていないが、無駄な闘いをするつもりは無い。人を傷付ける事も、好きではなかった。 まとわりつくような気配は、結局租界に入るまで消えなかった。 衛兵に身分証を見せて門を潜った時、それまで感じていた気配は綺麗に消えていた。 上海租界。 そこは、まるで別世界だった。 煉瓦造りの幾何学的な建物が建ち並び、色とりどりのビードロをしつらえた窓からは煌々とした光が溢れている。 夜にもかかわらず石畳の大通りには紳士淑女が溢れ、 空には軽やかな音色が踊っていた。 その中をなるべく気配を消しながら、竜胆は大通りの隅を歩いた。 外の世界とは大違いだった。 貧民街に飢餓や麻薬、殺人が溢れていることを考えれば、この租界内は楽園にも思える。 租界の中で犯罪を犯そうものならば、即座に列強の憲兵が大挙してくる。そして、弁明など認められずに射殺される。 二つ目の十字路を右に曲がり、竜胆は寂れた喫茶店のドアを開けた。
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