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「海に、帰らなきゃ。」
俺が訊く前に、彼女が呟いた。そうか、やっぱりこうなるよな。こうなる事は重々承知していたのだが、いざ、この展開になると、むなしい。せっかく出会えた好機に触れる事なく終えてしまうのだから。だが、そう我がままを言っている場合でもない。そう、俺は、彼女を、みけを一時的に助けただけなのだ。それ以上の事は、何も、ない。
「そっか、それじゃ、海まで送るよ。」
彼女も元いた場所が分からないだろうから、送る事にした。という事にした。本当のところは、このまま、この状況を終えたくなかった。クライマックスを迎えるどころか、エンディングすら見ないまま終えるなんて、俺には出来なかった。
「うん、ありがと。」
無邪気に笑うみけの笑顔が、夕日と重なり、まぶしかった。別に好きになったわけじゃないが、なんというか、兎に角むなしかった。家まで連れて帰るのに、あれだけ長く感じたこの距離も、短く感じた。今思えば、なぜあのときあれほど苦労したのかもわからなくなっていた。
「ついたよ」
彼女が倒れていた浜は、今はない。満ちた海水によって隠れているだけなのだが、俺には、消滅したかのようにも思えた。
そういえば、この子って海猫族なんだよな。よく分からないけど、海で生きる生物だから、助けなくても良かったのか?
俺の思考は、もはや自信の操作下にはなかった。
……。
あーもう!
うだうだしている俺の心を自ら一掃させる。もう、これで終わりなんだ、俺は助けただけ。いいじゃないか。人助け。いや、猫助けか?いやいや、もうそんな事はどうでもいい。
この出来事はこれで終わり。つまらない毎日が続いていた俺の生活にとって、いいスパイスだったじゃないか。この児島でこんなとんでもイベントが起きたんだ。それだけでいいじゃないか。
そうだ、後は見送るだけ。それで今日は終わりだ。楽しい一日だったじゃないか。
全てが吹っ切れた。そう思ったとき、初めて気がついた。もっと早く気づいてやればよかった。
「みけ?」
彼女の手は俺の手を、強く握っていた。そして、震えていた。
「……帰ろう?おにいちゃんの家に……」
どうして、とは訊けなかった。彼女の足下には、小さな水の溜まりが出来ていた。俺は、何も訊かぬまま、つれて帰った。事情は後で聞けばいい。今は彼女を落ち着かせる事を第一に考えた。
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