叶えるふたり

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しかし、何度も言うようだが、人は100%とは言い切れず、思い切れない。わずかな可能性を、無意味に信じて、悪あがきをする。 「おじょうちゃん、大丈夫?さっき海で倒れてたんだけど、覚えてる?」 必死の言葉にしてはまともな事が言えたと思う。ここで”さらってないよ!”とか”怖くないからね”とか言うと、かえって相手に疑いの種を植え付けるはめになる。しかし、何はともあれこの後の彼女のリアクションに全てがかかってるのだ。 「おにいちゃん誰?ここは、どこ?」 「俺……僕は、小鳥遊 悠太(たかなし ゆうた)。ここは、僕の家。お嬢ちゃんは?」 「わたしは、みけ。アクーニャ・ミント・ケットシーだから、みけ。……って、あれ?おにいちゃん、耳がない……どうして?」 耳がない?変な事を言う。確かに俺は、彼女のつけているような大きな猫耳なんかつけてないが、流石に人間としての耳はついている。ホウイチの坊さんじゃないんだから。それとも、これは設定なのか?だとしたら彼女、相当な上級者だ。初対面の人間に、しかも寝起きでもなお自分の設定を押し付けるなんて奴、なかなかいないぞ。いや、でもコスプレ界の常識や決まりは全く知らないから、本当はこれがむこうでの普通なのか?だとしたら、ますます分からん。ともあれ、俺は一般人だ。いくら押し付けようとしても、あくまで普通に返すからな。 「いえいえ、耳はここにあるよ。ほら。」 人間らしいごく普通の耳を見せる。何の変哲もなく、全く面白みのない本当にごく普通の耳だ。 本当だぞ。普通の耳なんだ。少しも尖ってないし、大きくもない。何も珍しいところなんてないんだ。なのに……。 「……これが……耳…?」 なぜ彼女はここまで物珍しく見てくるんだ。設定か?設定なのか?いやいや、設定に忠実すぎるだろう、これは。 「……もしかして、おにいちゃんって、人間!?」 ぇ―――。 当たり前だろって突っ込もうとしたとき、今までツッコミを入れてきたすべてのことが、フラッシュバックした。 小さな浜辺で一人倒れてた事。俺の耳を不思議がっている事。名前がケットシーだという事。猫耳と尻尾をしていた事。それらが本人の毛の質色と質に凄く似ていた事。そして、暖かかった事。 ゲームとか、アニメとか、漫画とかならこんな場合、出会ったこいつは人間じゃない。しかし、流石にこればかりは、信じられないというか、確信できない。
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