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ざく、ざく、と一面の銀世界に一人の青年が楕円形の足跡を残しながら歩みを進める。
まるで音のない、己のみが存在しているようなこの空間は、彼が見つけたお気に入りの場所である。
「……おや…」
寒さでうっすらと朱に染まった両手を擦りながら彼が見上げた先には、殺風景に溶け込んだ色のない枯れ木に咲いた一輪の桜…。
彼は枯れ木に近づきたれ目気味の瞳を普段より微かに大きく開き、その小さな桜をまじまじと見つめ、口を開いた。
「独りだけ、ちょっと早く咲いちゃったんだね。」
鶯色の着物の袖口を押さえながら届くはずのない高さにある薄紅色に腕を伸ばす。
…届かないことは、解っていた。
毎年なのだ。冬にこの場所にくる度に、この木だけがまるで春を待ちきれないとでも言うように、桜の花を一輪だけ咲かせるのだ。
そして毎年毎年届くはずのない存在に、彼は手を伸ばし、諦める。
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