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場違いな程の穏やかな声が耳を打ち、飛鷹は振り返る。
そこには少し離れたところで軽く手を払う千鶴の姿が。
そして、両脇から何かが地面に倒れる音が二つ。
見ると、部下の松本と古葉が声一つ上げることなく地面に倒れていた。
「な……っ」
一瞬。こちらが視認できない程、それは一瞬の出来事だった。
「ところで飛鷹さん」
千鶴は飛鷹の方を振り向くと、まるで何事もなかったかのように会話を続ける。
「環ちゃんを捜しているんですけど、あの子達はこの上ですか?」
「…………」
「ふふ、そうみたいですね」
千鶴は飛鷹に背を向け、そのまま上の階へ続く通路に向かって歩き出す。
「…………」
飛鷹は呆然と遠ざかっていく千鶴の背中を見つめていた。
否、見つめることしか出来なかった。
凍りつくような恐怖に頭の芯が痺れ、脳が身体を動かすことを許さない。
「……なん……だ。……は」
声も身体も恐怖で震えた。
だが、職務への使命感か、はたまたプライドか、飛鷹は歯を軋ませ、スタンロッドを強く握り締める。
「なんなんだァ! アンタはァッ!」
全力で地を蹴り、背中を見せる千鶴に向かって一直線に突っ込んでいく。
すると、千鶴は足を止めて振り返る。
「私ですか?」
そして、にっこりと微笑んだ。
「ただのお母さんですよ」
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