28265人が本棚に入れています
本棚に追加
「あの人とは……ただ成り行きで一緒にいるだけです。でも……あなた達にとってお祖父さんがそうであったように、わたしにとってあの人は、自分を変えた恩人でもあるんです」
足音が徐々に近づいてくる。
「そうであったか、それは失礼した」
「いや、なんでそんな話……」
「私達の気持ちに耳を傾けてくれた、その礼にと思ってだな……」
般若面が小さく咳払いし、付け足す。
「気を悪くするようだろうが、率直に言おう。あの青年とは、これから先、なるべく深くは関わらない方がいいだろう」
「……え――」
「なんと表せばいいのか言葉に困るが、彼はなかなか難儀な運命を背負って生きている。それこそ――普通の人間が背負い込むものとは桁違いのものをな……」
「それって……」
「そう遠くない未来に、貴女はその意味を理解することになるやもしれん」
般若面が黙り、言い渡された思いがけない言葉にナツメも黙り込む。
「どう捉えるかは貴女次第だ。だが、あの青年には並大抵の人間では耐え切れぬだろう……、だから――」
「わたしは……っ」
その先を言われる前に、言葉で遮った。
無意識に、その先に続く言葉を恐れ、そうしたのかもしれない。
「あの人に、今まで何度も助けられてきたんです、それなのにまだ一度もあの人に、恩返しが出来ていないんです」
それだけでなく、まだ春一のことを殆どなにも知れていない。
他とは少し違うということぐらいしか……。
「だから恩返しがちゃんとできるまで離れられないんです、なにがあっても。これは自分の心で決めました。誰に言われても、譲れません」
ナツメは毅然として応え。
「それにあの人に大変な時があったら、その時は、今度はわたしが助けます。わたしは、あの人の助手だから――」
揺るぎない視線のまま、小さく笑んだ。
「つまらない事を口走ったな」
般若面はそんなナツメから何かを感じたのか、それ以上言うのを止めた。
足音が近づいてくる――。
最初のコメントを投稿しよう!