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「あ……れ…………」
なんの前触れもなく、ナツメの視界に霞がうっすらと掛かってくる。
「どうか――坊ちゃんのことを――、たの、む――」
足の指先から力が抜けていき、ゆっくりと崩れていく。
毒みたいに速く、そしてどこか心地よい。突如体を襲ったこの感覚は。
まごうことなき。眠気――……。
どうして、こんな、いきなり。
今の今まであくびすら出なかったというのに。
……だめだ、抗えない。
……意識が落ちていく。
眼前の彼らが粒子となって消えいくのを見ながら、ナツメは重くなりすぎた瞼をそこで閉じた。
――――……。
――――…………。
――――――…………。
「ちゃ――、ん――」
遠くの方で聞こえる蝉時雨と混じって、何か聞こえる。
「――ちゃ、ん――」
単調で、それでいて耳に馴染みのある――。
「っ――ちゃ、ん――」
これは、……声――。
「なっちゃん、こら、起きろ」
「うひッぁはいぃぃぃ!!?」
「こんなとこで寝てちゃだめでしょ」
あまりにも棒読みなその声の主が誰かを思い出し。
ナツメは悲鳴とともに飛び起きた。
いきなり上体を起こした所為で軽く目眩にみまわれたが、悶絶している場合じゃない。
「あ、あう――、わたし!!」
留守番を頼まれていたにも関わらず、あろうことか問題の和室の部屋で、しかも横になって気持ちよさそうに眠っていただなんて、どんな醜態だ。自分で思うのもあれだが有り得ない。ほんとうに有り得ない。
何故そうなったかはさて置き、呑気に昼寝していたナツメを発見し、目覚めるまで何度も呼び掛け続けていた春一が黒い笑みを浮かべてナツメにキレるまで、さてあと何秒残っているのだろう。
二つの鷹の眼に見据えられて、痙攣どころの騒ぎじゃない。
シメられる。
「あご、ごごご、ゴメンナサイ!!」
説明する前に謝罪の言葉が飛び出た。
すると春一は。
「おはよう、良い夢は見れた」
顔を引き攣らせて謝罪するナツメの前に膝を折り、そんな拍子抜けしてしまうような台詞を口にしてきた。
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