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長いせりふを一息に言ったので、息切れした私を、首を傾げて、要領を得ないという顔で見ていた先生は、思い出したようにシャツの袖口を払った。そして、ふむ、と口を小さく尖らせ、しばし考え込んだ後
「君は、水晶を見たことがあるかね」
といった。質問の内容も、質問されることそれ自体もあまりに突飛だったので、私は、あっけにとられて、いや、としか答えられなかった。
「知ってのとおりあれは透明の鉱石だが、さて、あれが何から作られるかは知っているかい?」
「それは、Sio4四面体です、たしか」戸惑いながら答える。先生は首を振った。
「そうではなくて。もっと抽象的な話だよ。答えを言えば火山灰、噴火のかすだね。」
あとは分かるね、といった風に先生はこちらを見つめた。老いてにごった目はじっと動かない。ふと、先生の目が透明だった時代を思い浮かべてみようかと思ったが、あの大きな石英と先生の白んだ瞳が重なって見えたので、やめた。そうして先生の目から目を離し小さくうなずく。
「つまり、透明は灰にまみれた色なわけですね。すばらしいものではなく、澄んでいるに過ぎないと」
私が言うと、先生はまた首を振り、
「少し違う、澄んでいることは、それだけですばらしいことなんだ。ただ、中身がすべて美しく、楽しいものなわけではないと、そういう話さ。私は、もう、興味が無いがね」
といって、顔をしかめた。「もう」という部分だけ変にちいさかった。私は、先生の茶色い額のしわが細かくよっていくのをみて、狸の模様のようだと思い、同時に、先生は自分のあだ名を知って知らぬ振りをしているんだろうなと考えた。皺の下の瞳はやはり白いままだが、もう石英とは重ならなかった。少しだけ、先生の瞳の歴史が見えたような気がした。
「先生の目は白いですね」
思い切って言ってみる。
「老いるにつれて、色彩感が希薄になってきてね」
困りはしないが、とうそぶきながら、先生は下手なウインクをした。
閉じられなかった片目に夏の日差しが当たって、よりいっそう白く見えた。その白は、ペンキに塗りたくられたようにべたべたとして、澄んでいるようには見えなかった。
「先生は、地学室と職員室、どっちが好きですか?」
最後に聞いてみる。先生は
「どちらも嫌だな」
と答えた。先生の瞳が澄むことはもう無いのだろうな、と、ひっそり思った。
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