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 山の向こうに太陽が隠れてしまうと、あたりには見る間に深い夕暮れが訪れて、一気に肌寒くなった。  薄暗がりの中で崖を仰ぐと、その中ほどに、妙に長く垂れ下がった枝が、時おり風に吹かれてはロープのように揺れているのが見えた。  あれを掴んで落ちたのかもしれなかった。  不思議な気分だった。  あの時、確かに死を覚悟した。  そしてたまたま助かった。  恐らくは九死に一生を得た。  だが、助かった自分と、助からなかったかもしれない自分との間には、さした差もなかったような気がする。  ふっとそこに、「恐怖」ではなく、それとはまったく別の何かが見えたような気がして、和美は脳裏にちらついた思考の影を追おうとしたが、少年の声に遮られた。 「星を見ようと思ってたんだ」 「星?」  和美が見つけた時、少年は、和美自身がそうであったように、ぬかるんだ山道で足を滑らせたらしく大木の幹にしがみついていた。 「呆れた。こんな危ないところで見なくたって、校舎の屋上とか、もっと見やすそうなところ、あるじゃない」 「うん、星を探しやすいのは屋上なんだけどね」  少年は困ったような笑みを浮かべながら、べったりと前髪を張り付かせた傷だらけの額を曖昧に揺らした。 「目当ての星さえ決まっていれば、余計な光がないぶん、こういうところの方がよく見えるんだ。たしかに枝とか葉っぱとか邪魔だから、苦労するんだけど……。なんか、ここの方が落ち着くから」 「じゃあ、いつもこの辺りに来ていたっていうの?」 「うん、……あ、いつもはこっち側じゃなくて、南側にいるんだけど。今日はたまたま新しいポイントを開拓しようと思って、足を延ばしちゃった。やっぱり欲張るといけないんだなぁ」  和美は思わず笑ってしまっていた。こんなにもボロボロになっておきながら、のんきなものだ。危うくこの世に別れを告げなければならなかったもしれないのに。 「星を見るつもりで、自分がお星様になっちゃったらどうするのよ」  だから、きっと少年は、自分の冗談にも笑うだろう、そう思って言ったのだ。  予想は大きく外れた。
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