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「橘さんがいないってなったら、きっと寮中が大騒ぎだよ。叱られたら、ごめんね」
ぼくはともかく、とでも言いたげだ。
たしかに影が薄いタイプではあるだろう。和美の不在と、少年の不在、クラスの皆が気づくとすれば、どちらが早いか。答えなら予想がつく。思い上がりでも何でもなく、客観的に考えてもそう予想するのは容易かった。だからなおのこと黙っていたくなかった。
「何いってるの、いつもいる人間がふたりもいなきゃ充分大騒ぎになるわよ」
「そうかなぁ。そうかもしれないけど……」
そうかなぁ、とまたつぶやく。
「でも、その怪我も、大丈夫って言ってるけど、本当に大丈夫?」
これまたぼくのせいで、と言いたいらしい。
「別に、いいわよ。謝らなくたって。それに大丈夫じゃないのは一三四くんだって同じでしょ」
気を遣わせまいとしてのことか、時々少年が口元をふさぎながら唸っているのを和美は知っていた。
それに和美は和美で目的があってこの近辺をさまよっていたのだ。後ろめたいような気持ちが、謝られるのを良しとしなかった。
「それよりも、肝心なのは今夜をどうやって乗り切るかよ。先生たちが探すっていったって、夜じゃここにいる私たちを探し出すのは難しいでしょ。きっとうまくいっても明日になるわ。だから、これからのために体力をきちんと温存しなきゃ」
「温存って、つまりじっとしていればいいってこと?」
「まあ、そうなるかしらね。救援がくるまで。あとは、体温を奪われないようにしておく、とか……」
偉そうなことを言ってみても、和美にとってもこんな遭難は初体験のことだ。具体的に何をどうしたらいいという確かな知識があるわけでもなく、思いつきの域を出ない。
しかし、不確実であってもなんであっても、これまでに見たり読んだり聞いたりした雑学を総動員させて、今やれることとしての最善の策を考えるしかなかった。時間だけならばたっぷりとあった。
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