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「向こうから上がれたらいいんだけどなぁ……」
そう言って、少年はひときわ大きな松が生え出している崖の一端を指さした。
「向こう? どうして」
「だって、あっちに学院があるから」
「そんなこと、わかるの?」
「もう隠れちゃったけど、あっちの空にアルクトゥルスが見えた。北西の斜面はまだ歩きやすかったはずだよ。どっちにしたって、こんな怪我してちゃ無理だけど」
「アルクトゥルス……星? そうか、星でわかるのね。方角だから」
「わかるのは方角だけじゃないよ。ほかにも、たとえば時間とか」
「時間も? じゃあ、じゃあ今が何時ぐらいかわかるの?」
「うん、天頂にベガがいるから……0時ぐらいだと思うよ。ここのところずっとそんな感じだから」
少年はあっさりと答えた。
ふだんから観察し続けてでもいなければ到底わかりようのないことだ。少年にこのような特技があったとは知らなかった。驚いた。
ふと、傍らにあった温もりの気配が遠のいたのを感じて見ると、何があったというのか、少年は肘を使って下草で覆われた斜面を這いずりあがろうとしているところだった。
「何、どうしたのいきなり。何してるの」
「星で思い出したんだ! ぼく、こっち側に落とした気がする」
「落としたって、荷物? こんなに暗いのに、せめて明るくなってからにしようよ」
体力を温存しなければならないと言ったそばから何をやっているのかと咎めようとしたとき、少年が叫んだ。
「あった!」
陽が落ちるまでさんざん探してはいたが、ふたりとも動けないこともあって半ば以上諦めていた。その荷物が見つかったのだろうか。少年は必死な様子で這いつくばっていた。
「あった! 見つけた!」
その歓声が、悲鳴に変わった。
「ぼくの、望遠鏡!」
近付いて肩越しに覗いてみると、三脚や鏡筒が折れたりひしげたりしてバラバラになった天体望遠鏡が、少年の前に無惨な姿で横たわっていた。
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