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「じゃあなんでぼくは今星を見ているんだろうって思った。何度も思ったよ。だって星が父さんや母さんなわけある? あそこに見えてる星だって、誰かの父さんや母さんなんかじゃない。ベネトナシュって名前がある。アリオトっていう名前がある。父さんや母さんと何のつながりも無い。この望遠鏡だってそうだ。何の関係も……。じゃあなんで、なんで。なのに、やめられなかった。望遠鏡を、こいつを捨ててしまおうって、そう思ったことだって、何回もあったのに!」
和美は、高ぶったように声を震わせる少年の横顔を見ていた。
こんなにも激しい感情を秘めていた少年だったとは。
いつもふんわりと柔らかくほほえんでいるばかりで、心許ない印象の方が強かった。いや、たしかに片鱗は見えていたのかもしれない。自分の限界に必死に挑み続けていた、あの時の少年に。
でも、と、少年は堪えるようにしゃくりあげた。
「でも今、こいつがこんなになってるのを見たら……。――ね、橘さん。人間って、現金なものだよね」
少年は砕けたレンズや割れた鏡筒の破片を、こびりついた血で黒くなったその手に掻き集めながらうなだれた。その俯いた頬から小さなきらめきが零れ落ちるのを、和美は見た。
和美は少年の冷えた肩を抱いた。
少年はもう嗚咽が漏れるのを隠そうとはしなかった。
少年の肩は、和美がこれまで道場で手合わせをしてきた同世代の男子の誰よりも、細く、頼りなかった。
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