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静かな夜だった。
上弦の月はいまだ空高く佇んでいる。
深夜と呼ぶにはまだ早い。
そんな頃合にもかかわらず、手入れの行き届いた庭園の静けさを乱すものはない。
時折、遠くから響くフクロウの声ばかりが、深まる夜を渡っていった。
ふと思い出したように、庭園に設えられた池に波紋が浮かぶ。
直後、硬い靴音が冷えた石畳を打った。
薄い光が、庭園の草木とその奥の屋敷のシルエットを色濃くする。
靴音の主は、それまで動くものの影ひとつなかった空間に、突如として姿を現した。
身にまとった蛍のような淡い燐光が、透けるように夜に溶けていく。
その者は屋敷に向かって迷いなく歩を進め、案内を請うでもなく中に吸い込まれていった。
彼の髪は、金の光を白く投げかける月に、よく似ていた。
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