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カチャリ、とわずかな音がこぼれ、暗い部屋に廊下からの明かりが帯になって射す。
とともに、彼の長身の影は音もなく中に滑り込んだ。
明かりも持たずに入ったマルセイユは、部屋の照明をつけようともせず、視線を奥に向ける。
目を慣らさずとも、窓からの白い月明かりに浮かぶ、天蓋つきの寝台に横たわっている人影がいることは、一目でわかった。
否。
ここに彼女がいることは、始めからわかっていた。
部屋の扉をくぐる前から、むしろ屋敷に入る前、ここより遠く離れた地にて転移の術を使う前から、彼にはわかっていたのだ。
毛足の長くクッション性に優れた絨毯は、硬い靴底が立てる音を沈ませてくれる。
かすかな衣擦れの音だけを気配に、マルセイユは寝台の側に立った。
天蓋から引かれた、ごく薄いレース地のカーテンごしに見える、白いシーツに広がった長い髪。
眠るエルリーゼの顔色は、夜の中青白く映ったが、いくらか疲労の影はあるものの、寝息は穏やかだ。
「エル‥‥」
ささやく声は安堵の吐息。
彼女の目を覚ますことなく、マルセイユはそっと、ベッド脇に手近な椅子を引き寄せて腰かけた。
木製ながら女性らしい優美な彫刻をほどこされ、高価な塗料で乳白色に化粧された椅子。
部屋の内装は、その椅子と同じ装丁の家具で調えられている。
それらは、この屋敷の風格ある佇まいから比べると、まだ新しさが感じられた。
それもそのはず。
エルリーゼの眠るこの胡蝶蘭の間は、彼が彼女のためにしつらえた、比較的新しい部屋なのだ。
とは言っても‥‥
「いつになったら自分から部屋を使ってくれるようになるんだろうね?
このおてんばさんは」
苦笑まじりのため息を紗幕の向こうに投げかける。
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