第一章

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彼の言葉はするりと夜の中にすべり落ちていく。 元より眠る彼女を起こすつもりで放った言葉ではなく、深い眠りにある彼女がその声に目を覚ますこともなかった。 月と彼と彼女と。 そして夜が彼らを包み込むだけの空間。 天高くあった月がゆるやかに、ひそやかに傾いてゆく。 決められた方向に向かって進んでいるはずの、時計の針が刻むかすかな音は、深まる夜の吐息のよう。 それでもマルセイユは、彼女を軽く覗き込むような姿勢で椅子に腰かけたまま、動こうとはしなかった。 沈みゆく白い光に照らされた彼の横顔は、彼自身が意識しているわけではなかったが、穏やかで優しい表情をしている。 時間などはじめからなかったかのような空気の中。 彼は静かに彼女━━エルリーゼとの過去を、回想しはじめていた‥‥。
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