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「おじさんはそこに座っているだけなのね?」
氷の上を軽やかに滑る様に楽し気な抑揚で言う。
「でも私はね、今お買い物の途中なのよ?お母さんがニシンを買って来なさいって言うから、今からお魚やさんに買いに行くの」
老婆は小さな顔を少し傾け、得意気に言った。
「あ、ああ、そうなんだ。ニシンか」
「そうなの、ニシン。お母さんはね、いつも私にニシンを買って来なさいって言うの。いつも、いつも、いつもよ。でも私、ニシンが大好きだから嬉しいの」
眉毛の上よりもかなり上で切り揃えられた前髪の、雨に濡れた一部だけが纏まって揺れる。
「あたし、もう行かなくちゃ。あんまり遅くなったらお店が閉まっちゃう。ニシンを買って帰らないとお母さんに怒られちゃう。お母さんもニシンが大好きなの」
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