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そして吐き出したものを目にした瞬間、僕は堪えきれずに2度、3度とえずいた。
激しい吐き気に涙目になりながらも目線は、吐き出したものが載せられた掌から逸らす事が出来ない。
母親が「どうしたの?大丈夫?」と言いながら僕の背中をさすってくれるが、返事も出来ずにその一点を見つめる。
掌の上の、ぐちゃぐちゃに咀嚼された、色鮮やかなアゲハ蝶を。
「大丈夫か?カズナリ」
親父の嗄れた声に、横目で親父を一瞥した瞬間、胃の中のものが一気に逆流し、喉を上がり、茶色い液体が滝の様に飛沫をあげて畳に広がっていく。
畳を汚してしまった事で、親父に殴られる恐怖に竦み上がりながらも、嘔吐を止める事が出来ずに身体を折り、なるべく小さくなりながらも胃の中の物を全てぶちまけた後、親父に向かって「ごめんなさい、本当にごめんなさい」と繰り返しながらも、恐る恐る又親父の顔を盗み見る。
普段の、肉体労働での日焼けによるなめし革の様に厚くシワだらけで茶色い親父の顔はそこにはなく、顔があった位置にあったのは、細いピンで留められうごめく、無数のカラスアゲハの標本だった。
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