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まだ陽は沈んではいない。
けれどそんな常識を否定するように、この森には光が差し込まず、昼間だというのに薄暗い。
――地図だとこの道で合ってるはずだけど。
薄暗い道。歩けど歩けど同じような木が続く。道に迷っていないことが奇跡としか言えない。
うん? いやいや。本当に道には迷っていない。傍から見ればどうかは知らないが、今の僕には地図がある。
世にも珍しい、森の地図。木々の傷、切り株の位置、この一枚の紙にはそのようなことが事細かに書き込まれている。
この森で唯一迷わずに進むことができる地図。僕はそう思っていた。
しかし、この紙のメインは地図ではない。地図はあくまでおまけである。
館の求人募集。それがメインであり、現時点において僕の目的だった。
今思うと変な人だったな。
いつものように里で仕事を探していた僕の前に、あの人は現れた。里には似つかわしくない洋風の衣装を着こなし、銀色の髪を靡かせる女性。その人が配っていたのがこの紙だ。
内容は、館の門番、図書館の整理、執事、妹の遊び相手。館で働くにあたって採用試験を行い、その結果により、この中から仕事が割り振られるという。
ちらりと視線を彼女に向けた。とても綺麗な人だった。
いや、それが決め手になったわけでは断じて無い――こともない。
正直どんな仕事でも良かったのだ。畑の手伝いでも子供の世話でも、とにかく安定して給料がもらえるならそれでいい。
――生きていれば、それでいい。
おっと、いけない。こんな森の中で余計なことを考えては本当に迷子になってしまう。
あっ、でも麦茶くらいは毎日飲みたいな。
雑念は続き、改めて、手に持った紙に視線を落とす。
「採用試験……か」
一体どんな内容なんだろう?
少なくとも力仕事にはなるとは予想している。だとすれば採用試験は力を測るのかもしれない。
腕にはあまり自信はないが――うん。考えても仕方がない。不採用ならまた別の仕事を探せばいい。
さてさて。地図によるとあとはこのまま真っ直ぐ進めば館の門が見えてくる、らしい。
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