<ひじきな女>

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どこか意固地になっていた。 これからどう生きていくかの現実的側面のほうが重く圧しかかってくる。 そして唖然とした。 天井の幾何学模様に気持ちを昂らせた自分の安っぽさに。 男の顔を思い出そうとした。 男の顔はぼんやりとしていて、すでに曖昧な面影となっていた。 つまり、忘れかけていた。 調子に乗って、万年布団のうえで幸福の予兆にうかれていた自分だけが浮きあがり、なぜか恥ずかしくなった。 それに較べれば、トイレの個室で息を殺して泣きかけている自分の姿のほうが、惨めで情けなくて、よほどリアルだ。 わたしはこの狭苦しい棺桶のなかで途方にくれていた。 先立つものもないのだ。 財布には幾許かのお金しか残っていない。 通帳は家におき忘れてきた。 大事なとこでわたしは抜けている。 どうしよう。 溜息が漏れた。 壁の落書きが目についた。 けれど無為な文字の羅列に集中できるほどの余裕もない。 今の状態で居直るのは不可能だ。 備えつけのトイレットペーパーには目もくれない。 わたしは、バックから英会話のなんたらという軽薄なチラシが同封されたポケットテッシュを取りだした。 ああ、それにしても、たかがひじきで―― 最初に戻り、以下略 【了】
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