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たかが天井である。
小さなヴィジョンだ。
それでも、わたしはそれをつかもうと手を伸ばしかけていた。
もしかして、わたしは幸福の表情をうかべているのではないか。
苦悶にあいながらも、恍惚に浸れるなんて。
わたしは人としての能力に可能性を見いだしてしまってもいいのではないか、とちいさく自問する。
天井の色は、もともと白だったのよ――
囁くようにわたしが呟いた瞬間だ。
わたしの顔を覗きこんでいた男の瞳に狼狽が走り、首にきつく絡んでいた指が解け、私は解放された。
男が怯んだ目をしながら、わたしから遠ざかった。
ちりめんじみた幾何学模様も、輝きを喪いながら遠ざかっていった。
浮遊していた体が音もなく地に堕ちた。
現実にかえってきたことを悟り、わたしは伸ばしかけた手を、ぱたり、と布団のうえに落下させた。
わたしは落胆していた。
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