小豆洗いのお使いは

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「お母さんは、さ」 どう言うべきか分からないまま口にした呼びかけに、母はわずかに首を傾げて応じる。 やはり母は少し変わったのだろう。せっかちなところがある彼女は、以前私がこんな風に呼びかけたなら「何なの、さっさと言いなさい」と叱責していたはずだ。 「お母さんは、お父さんのこと、すき?」 「え?」 想定外の質問だったのか、母は絶句してこちらを見つめる。私は小さく笑って、言葉を続けた。 「結婚ってさ、契約だよね。お互いの利害や向き合う方向が揃わなきゃ、契約は成立しなくて……だからお見合いも存在するんだよね」 婚姻届はただの紙切れだが、婚姻関係は法定契約でもある。ゆえに不受理申出のような、不本意な契約がなされないために対抗手段が存在するわけなのだが。 「でも、契約って破ろうと思えば破れるよね。関係が破綻したときのために離婚届があるように。そんな契約を長続きさせるために何が必要かって、相手を大事に想う気持ちじゃないのかな」 私と紺が交わした、コノハの契約。 見習い白狐はコノハを守り、コノハは白狐を支える。コノハが人間(いきもの)になることはかなり稀だそうだけど、本質は変わらない。 枇杷の実を介して得た役目だけれど、それは私たちの関係に沿うものだった。 紺はいつだって私を守ってくれている。 遠く離れた今でもそうだ。こうやって母と対峙できているのは、今までに与えてもらった愛情と育んできた関係という拠があるからだ。 私も彼を支え続けていきたい。 立派な白狐になってもらいたいし、ひとを慈しむ気持ちの裏に哀しい過去を抱える紺に寄り添い続けたいと思う。 だから私は逃げずにここまで来た。大学帰りにほぼ拉致に近い状況で連れて来られたけれど──隙を見て逃げなかったのは、逃げたくないと思ったからだ。 私を絡め取ろうとしている、柵から。
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