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「おやおや、欲島君じゃないですか?」
俯いたまま独り言を言う森野と歩いていると、ふいに小馬鹿にしたような声でその名を呼ばれた。
欲島だなんて、一条か、それかあの婦警コンビしか呼ばないのだが、声で判断するにその三人共ではないようだ。
まぁ、声だけで誰かは判別出来たのだが。
「……情報屋だからって変な情報まで仕入れてくんなよ」
「おぉ怖い怖い。そんなに睨まないで下さいよ」
そんなことを言いながらもニヤニヤと笑っていて、怯む様子も怖がる素振りも全く見せないのだが。
羽原 千鶴(はねはら ちづる)
俺や昌や森野と同じ高校出身で、現在はここ、天王寺で情報屋をしている。
羽原の情報収集能力はとてもすごく、ありとあらゆる秘密、隠し事や弱味を手に入れ、学生はもちろん、先生にまで恐れられていたという。
どこから情報を手に入れたのか全く不明で、もはや人間技ではないとも言われていた。
「いやぁ森野さんも久しぶりです。と、言ってもほとんど話したことはなかったですが」
「は、はぁ……」
押され気味で相槌を打つ森野。いくら高校が同じでもクラスが全く違ってたので初対面に近いし、みんなに恐れられていた存在だから尚更接しづらい。
さらに極めつけが顔の左半分を覆った包帯で、それだけでも充分、くるものがある。
本人曰くは古傷を見せたくないらしいが、傷らしいものはないという噂もあった。
「そう言えば今日は相方の野中寺(やちゅうじ)さんがいないですね? あ、もしかして、欲島君の仕事が終わって直帰するにも時間が早いから一人で街をブラブラしようとしたところ森野さんに出会ったとか、そんな感じですかね?」
「知ってるなら訊いてくるなよ」
ホントに、どこまでも当ててくるから気味が悪いわ。
さらに言えば昌のことを“彼女”と呼ばずに“相方”と呼ぶ辺りもそうだ。まぁ些細なニュアンスの違いだし、知ってるかどうかも、そのつもりで言っているのかどうかも不明だが。
もちろん“彼女”でも正解だが、個人的に“相方”の方が合っている。
勝手に好いて勝手に絶望して勝手に傷つけた、どうしようもない関係を彼氏彼女の関係というのは、どうかと思うしな。
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