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その日、国民は皆浮足立っていた。
街中に飾り付けられた星に月、藍色の美しい衣。
広場には様々な料理を売る露店が立ち並び、傍らには語り部より話される星座の物語を聞く子どもたちがいる。
薄い膜のランタンに火を灯し、わいわいと歌い踊る若者たちや静かに月を眺めながら酒を飲み交わす者たちの姿も見られる。
――本日は、リートルードの伝統的な祭り、『星蘭祭(せいらんさい)』である。
この国に古より伝わる星月の神に敬意を示し、国をあげてそれを祀る一年に一度の行事。
零れ落ちそうなほど星がちりばめられた夏の夜空を見上げ、聖なる星月を眺めるというのがこの祭りの主な趣旨で、時々流れる流れ星に願いをこめると叶うと言われている。
本日に限っては、国民すべてに休暇が与えられ、皆『星蘭祭』に参加するよう促される。
―もちろん、王城で働く下女も、例外なくそのひとりであった。
「……ふう。」
ため息とともに、マルグリットは赤毛をかきあげた。
現在、彼女がいるのは城内にある小さな池の傍である。
下女として働いていた時期に偶然発見した場所で、静かであまり人が来ない故、ひとりになるにはとてもよい所だとマルグリットは度々訪れていた。
周囲に人気はなく、ひっそりとしている。
耳をすませてみてもかすかに鳴く虫の音しか聞こえない。
おそらく、皆城下町に降りて祭りを楽しんでいるのだろう。
本物のエイミィも、今城下町に降りている。
親に後宮入りを報告するついでに祭りに参加すると言っていたから――
マルグリットは、ふと池の近くの芝生の上に座り込んだ。
エプロンに藍色のスカート。
数ヶ月のうちに慣れ親しんだ制服が視界の端に揺れる。
―この制服とも、今夜でお別れね。
マルグリットはどこか寂しそうに微笑んだ。
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