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「……。」
静かに目を開いたマルグリットは、何気なく合わせた自分の両の掌を見た。
毎日冷たい水に手を浸して洗濯していたからか、その手はひどく傷つき、赤くなっている。
指先には皺が寄り、所々に皸(あかぎれ)も見られる。
どこをどう見ても『何不自由ない貴族の令嬢』とは思えないほど醜い手。
なりかわりが終わるのなら、しばらくは手袋をつけて隠しておかなければな、とマルグリットは苦笑した。
―下女の仕事は確かに辛かった。
洗濯や掃除、食事の支度の手伝いに、花の水やり。
どれも今まで生きてきた中で経験したことのない『仕事』ばかりで、最初は大いに戸惑い失敗もしてしまった。
女官長に酷く叱られたり、同僚から嫌味を言われた時もあった。
その度に、何故こんな失敗をしてしまうんだと自分を責め、涙を堪えた。
次回はもう少し上手くやれるはず、と何回も試行錯誤を繰り返した。
そのうちに仕事のコツも掴め、段々王宮内の移動範囲が広がり、まかされる仕事も増えた。
自分の仕事が認められ、マルグリットは嬉しかった。
初めて給金を受け取った時など、使わないで一生大事にしまっておこうかと考えたほどだ。
――貴族のお嬢様の気まぐれに、付き合ってあげたんですよ。
エイミィは冷たい目でそう言った。
その時はショックだったが、
よくよく考えれば確かにその通りだとマルグリットは思った。
自分は貴族で、幼い頃から優しい家族に囲まれ、大事に育てられてきた。
飢えや失業に喘ぐ、なんてこともない。
彼女から見れば、今回の『なりかわり』はまさしく我侭なお嬢様の道楽だろう。
あまつさえ、下女になったのは陛下に会って誘惑するためだったのだろう、と誤解までされてしまった。
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